| 導きの神 |
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猿田彦大神は天孫 々芸尊が天降られる時、天の八街にお迎えし、道の無い所には道を創り、御沿道を邪魔する邪神、悪魔を祓除けて
重畳せる天の八重雲を押し分け。天の浮橋を過ぎ、筑紫の日向の高千穂の櫛降峰の聖地に御案内申し上げ、「私はこれから、伊勢の狭
長田の五十鈴の川上に参ります」と申されて、五十鈴川の畔の地主神となり、天照皇大神の御霊代を鎮め祭る伊勢大神宮の基を御用意になられた。
此の大業が済むと阿邪珂{現在:一志郡阿坂村-阿射加神社に御墓、古墳-比良布貝ひらふかいに手を食い合わされて
海に沈み給いし終焉の地}に至りて海に入れられた。海底に沈まれた時の御精神は底度久御魂そこどくみたま
となりて一粒々々に其の徹底せる御魂-大精神-を込めて海面に浮き上がり、海面において阿和佐御魂あわさくみたま
となりて其の精神を咲き広げて、世の為人の為に尽くされた。天上、地上、海中、海底の事何一つ知らぬことなき物識り御神霊となられた。
これがすなはち塩稚の神であり、大切な時に現れ教え導かれた。
塩稚の翁-猿田彦大神の御神徳を 承-は火遠-は火遠理命が釣り針を失われてお困りの時、竜神に御導きになり、神武天皇の御東征の際にも、 「東方に美地あり、青山四周天下に光を託するに足る」と御教え申し上げ、御東征きを申し上げた。 大田命-興玉の神の別名とも、猿田彦の 孫とも、別名とも言われる - の代に倭姫命が天照大神を奉戴して、各地を御巡幸になった時、総ての 事を導いて下さる御神徳を示され、現在の「神宮」の御鎮座に大功を建てられた。 |
| 教えの神「道の日神に備わり 教えは猿田彦に備わる」 山崎闇斎 |
| 「道は天照大神の道 教えは猿田彦の教え」とあり、「教え」とは口や筆で言挙げするのではなく、身を以って率先躬行された事 が、自然に「教え」になったものである。「猿田彦の教え」「猿田彦精神」とは、常に先頭に立ち身を以って御導き申し上げ、その仕えを 終わると、何等受けることなく身を引かれて少しもその功を誇らない。何等受けるところなき奉仕、報酬を予期せず自然に御褒美を頂く、という 日本神道精神 臣道の根源。農民は神様の命-イノチ-の根-イネ-を無報酬に御育て申し上げることによって自然に御褒美を頂き、自らも生き、 人も生かす。商人は報酬本位でなく、人の便利を第一と考えて有無相通じているうちに、自然に神様の御褒美がある道理。最近は、報酬第一の 功利主義の人が多くなっている。 日本人は猿田彦精神の御奉仕第一の主義の範を示さなければならない。 |
二見蛙について
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□当神社の御神祭猿田彦大神は天孫降臨の際、道案内をされたので(古事記、日本書記)古来交通安全の守護神として広く信仰されております。
□蛙は大神の御使と信ぜられ、境内に沢山ある置物は、無事かえる貸したものがかえるなどの縁起によりご利益を受けた方々の献納になるものであります。 |